渦男のジャズ道場

八王子の音楽教室ミュージックサロンア・ミューズのサックス講師 網 渦男のブログです。 サックスに関すること、ジャズに関することなどをまとめております。(旧さきこら)

はい、思いのほか長くなってしまったので、
今一度、これまでのおさらいを。

≪8分音符の変化≫

1920年代 ニューオリンズジャズ、アーリージャズ
  やや跳ね(For Marching、To Listener)

1930年代 スィングジャズ、ビッグバンド全盛期
  ほぼ3連符のノリ(For Dancing、To Dancer)

1940年代 ビバップ革命、モダンジャズ黎明期
  バウンスの必要なし、イーブン(For Art、 To Musician)

と言う事でした。
今回はこの後、

『1950年代 ハードバップ、ポストバップ揺籃期』についてです。
チャーリー・パーカーの登場により、
ジャズは聴いて楽しむものから、
ミュージシャンが即興演奏において肉体の限界に挑戦する
知的でスポーティーな競技となりました。

ビバップ革命により、即興演奏は
『メロディーを如何に個性的に崩すか?』ではなく、
『大量にインプットされたフレーズを、如何に適切にアウトプットするか?』という
脳の記憶能力(憶える+思い出す)と筋肉の運動記憶(指や手)
を競うゲームになったのです。

この革命の転換によって『即興で演奏される音』は
気分や言語を表すメロディの亜種から
コードとの関連性を表すデータ(情報)に変わったのです。

ゆえに雰囲気、ムードよりもコードとの関係性を特定する為の
情報量(マテリアル)が重要となったのです。
この時代はジャズ史における第一次情報過多時代と言っても良いでしょう。

ビバップは年を経るごとに如何に速く、如何に沢山の音をプレイするか?
そして難解な理論を如何に素早く解釈し、適切な対応をするか?
という攻略ゲーム的要素が強くなります。

聴衆、観客はプレイヤーがどのくらいすごいことをしているのかわかりません。
同業者しかその真価は解らなかったでしょう。

ビバップにおけるフレーズは情報です。
バウンスする必要性はありません。

しかしパーカー自身はスィングジャズの時代にもいろんなビッグバンドで
下積み時代にプレイしていたわけでバウンスする癖も残っています。
60年代ならバウンスしないであろうテンポでも、
時期やテンポによってバウンスしている録音もあります。
まさにパーカーが生きている時代自体が
3連符からイーブンの8分音符への『過渡期』なのです。

パーカーはジャズ史においてスィングジャズからモダンジャズへの
転換の鐘を鳴らした革命家ですが、34歳の若さで死んでしまいます。

パーカーの偉業はビバップの発明だけではありませんでした。
彼には『ジャズ史におけるもっとも偉大な人』を発掘したという業績もあるのです。
その偉大な人とは勿論『マイルズ・デイヴィス』です。
マイルズ自身、パーカーに憧れ、その尊敬の念は晩年のインタヴューでも
『パーカーとの共演は忘れられない、あの感覚をもう一度味わいたくて今もプレイを続けているんだ』
と言っているくらいですが、その音楽の方向性は途中でマイルズが舵を切ります。

マイルズは後にハードバップと言われる聴くに耐えうる音楽を追求し始めます。
そのマイルズの脱ビバップ事件に関してはさまざま論議されているので
詳細は別の機会に譲りますが、ともかくこの後のジャズは
『ジャズ史≒マイルズの音楽変遷』という風になります。

さてこの後もさまざまジャズ史について語りたいところですが、
本題は『8分音符がどうなった』というテーマなので、
歴史の話はここまで。

この後は8分音符のグルーヴのさせ方に少し触れて
このお話を終わらせたいと思います。



さて前回の記事をざっくり復習(とちょっと加筆)すると…

1910年代までのニューオリンズジャズ(アーリージャズ)は
『March』由来であった為、『ドンチャドンチャ』と
歩くようなビートが基本でしたので
『ドン』が足を地につけた時で
『チャ』がもう一方の足のかかと地から離れる時の為
さほど跳ねないイーブンに近い8分音符でした。

これが1920年代になるとメディアに乗って
『For Entertainment』『For Sale』となり、
楽しくにぎやかで気分も弾むようなバウンス感が増して
8分音符はやや3連符に近いものが多くなってきます。
(もちろん全部じゃありませんよ!傾向性です。)

そして1930年代でビッグバンド黄金時代、スィングジャズの到来です。
8分音符は『For Dance』つまりステップの為にほぼ3連符のノリになります。
(ノーバウンスのイーブンのタップダンスって有るんでしょうかね?)
人はステップやジャンプを繰り返すと滞空時間があるので物理的に
大概3連符になるものです。

はい、ここまでがおさらいです。
今回のテーマは1940年代に起こったジャズ史上において、まあまあな出来事(笑)
『ビバップ革命』です。あえて『革命』と言ってみました。
カンザスシティからニューヨークにやってきた天才チャーリー・パーカーは
それまでのジャズに大きな革新をもたらします。

それまでのジャズに於けるアドリブはサッチモなどに見られるように
テーマを元にそれを徐々に崩し、変化させていくようなやり方でした。
コールマン・ホーキンスやレスター・ヤング、ドン・バイアスも
メロディとは違ったフレーズをプレイしましたが
まだメロディから想像しやすいようなアドリブのフレーズでした。

今回はグルーヴの話ですので理論的に詳細な解説はしませんが、
メロディーもアドリブも筑前煮とがめ煮のように
『同じ和食』と感じられるテイストでした。

パーカーは例えるならばそれに
『赤ワイン』的なものや『カレー粉』的なものを投入したのです。
アドリブで使われる音の可能性を拡張したのです。
それまでは『不協和音ですよ』といわれていた音まで
使い方によって『全然アリじゃん』としてしまったのです。

『バードが音楽の話をしたのを聞いたのは、たった一度、
奴がコードネームのことで俺のクラシックの友達と口論した時だけだ。
その晩、バードがコードなんて何でもいいんだって言ったから、俺は反論したんだ。
「B♭のブルースの五小節目にDナチュラルは使えないね」と言ったら、
バードは「いいや、使えるね」って言ったんだ。
ところが、ある晩”バートランド”でレスターヤングがそれをやっているのをきいたら、
ちっともおかしくなかった。もっとも音をベンドしていたがな。』

マイルスデイビス談

という事でパーカーやその盟友ディジー・ガレスピーが成し遂げた
『ビバップ革命』はジャズをエンターテインメントから
よりアカデミックに難解で高尚で、技術的にも高度なものに
一気に引き上げました。
この時代のジャズマンは昼間はダンスホールで同じ曲を何度も演奏し、
その退屈さの鬱憤晴らしも兼ねて、仕事が終ると夜な夜なバーに集まり
即興の腕を競ったのです。
参考動画↓


それはミュージシャンのプライドと腕をかけた真剣勝負でした。
ゆえに演奏される曲はテンポはどんどん速く、コードはより難解になり、
プレイヤーの知能と身体能力の限界に挑戦するが如く進化して言ったのです。
もちろん、そのトップをぶっちぎりで走っていたのは
チャーリー・パーカーでした。
彼はそれまでのジャズを再構築しました。
ジャズを娯楽の提供から
『音楽とミュージシャンの肉体との合一を目指す競技』に
変えてしまったのです。

ジャズの肉体化とでも言えるでしょうか、
言葉よりさらに抽象的な次元の音そのものを
フレーズをテクスチャーとして用いて
自分の脳内イメージを具現化します。
パーカーが『建築家』と呼ばれるのもこの
ジャズの再構築の偉業によるものです。

ビバップ革命によりジャズは
『For Art』であり 『To Musician』と成りました。
パーカーの音楽は批評家には評価されましたが
一般大衆には到底理解されなかったのです。
ミュージシャンが自分の自己表現だけの為に演奏した音楽で
踊りたいなんていう人はいないでしょう。

ですから速くなったテンポで無理矢理8分音符を
不自然に3連符でプレイしなくても良いのです。

その8分音符のイーブン化現象は習慣となり、しだいに
50年代以降ポスト・バップ、ハード・バップ期に至っても
遅いテンポでもイーブンでプレイするようになりました。
その理由や、変化に関しては余り言及している人は少ないので
この機会に私の説を発表しようかと思うのですが
長くなったので続きは次回に譲ります。





前回からの続きです。
ミュージックエイトなどの楽譜のジャズのスィングの表記で
swing_0_0


はちょっとだけ正解と言いました。
このようなニュアンスを言葉のみで表現するのは限界があるという前提を
承知で読んで頂ければ幸いです。可能な限り解説します。

私としては百歩譲ってこう表記したいところ。
swing_0_0


そもそもジャズと言っても色々な時代、
ジャンル、地域別の特色があるのです。

エリントン楽団の『Take The "A"Train』と
パット・メセニーの『 Last Train Home』は
同じ電車でも全然違う曲想ですし、
ニューオリンズの街角で聴こえる『聖者の行進』と
メッセンジャーズの『Blues March』では
同じ4ビートでもグルーヴも異なるのです。


ジャズのグルーヴの秘密を探るために少なくとも
ジャズの歴史をさらっとでも理解しなければなりません。
誤解を恐れず『ざっくり過ぎる解説』をすると

~1910年頃まで【Traditional Jazz、Early Jazz】
諸説ありますが、ジャズはニューオリンズの街角で
ブラスバンド(マーチングバンド)を母体として誕生しました。
参考音源→
基本は2ビートで『ドンチャ、ドンチャ』。
ドンの部分(1拍目と3拍目)はバスドラムとベース(チューバ)、
アフタービートのチャの部分(2拍目4拍目)はハイハット。
また4分音符を刻むギターもしくはバンジョー、ピアノも
アフタービートにはアクセントを置きます。
メロディー、ソロはクラリネット、トロンボーン、コルネット、ヴァイオリンなどが担当します。

8分音符はさほどバウンスしない。
個人的印象ですが8分音符<3連符くらいだと思います。
南部のフランスが統治していた所謂ディキシーランドが中心で
まだアメリカ全土へは広がっていません。

1920年代
この頃になると専業のミュージシャンが増えてきます。
サッチモの愛称で有名なルイ・アームストロングなどメディアに乗った
エンターティナーとしてのジャズミュージシャンの地位が確立し始めるのです。
売れっ子のジャズマンは自分のバンドを持ち興行をするようになったため
ジャズがミシシッピー川を北上し、シカゴやニューヨークに広まる。
繁華街のバーなどで演奏する機会が多かった事から、
楽しいものやムーディーな曲調が多かったようです。
つまり、黒人やユダヤ人たちが生きていくための
『For Sale』なジャズです。


参考音源→


1930年代
世界恐慌からニューディール政策により徐々に景気を回復する中で
ジャズは各地にできたダンスホールを中心に演奏を始めました。
編成も人数が増え、『ビッグバンド』という17名ほどの大所帯となったのです。
所謂、ビッグバンドジャズ、スィングジャズ時代の到来です。

参考音源→

音楽的に言えば、『For Dance』のジャズですので
1、3拍目と2、4拍目のコントラストが強調されたました。
その結果、いわゆるタテ乗りのグルーヴとなります。
より4ビートを感じやすく、数えやすくなりました。

また8分音符はこの時代が一番3連符に近いと個人的には思います。
その方が踊り易いやすかったからだと思われます。

また大音量の中で演奏する為にコントラバス(ウッドベース)の弦高は高くなったので、
ベースの4分音符は『ボン、ボン』と短くなりました。
また、ビッグバンドのアレンジ上、ドラムスは『Fill in』を多用するようになり、
それまでほとんどメトロノーム変わりだったバスドラムを『ズンタトトトドン』のように
フレージングの為に使うように進化しました。

さて長くなったのでここで一旦終わることにします。
次回は『モダンジャズ』以降、つまりポストモダンのお話です。





私が音楽をちゃんとめたのは高校生からです。
本当はサックスをやりたかったのですが、
サックスパートは人気で経験者で楽器を持っている人しか入れなかったのです。
そこで初心者の私はクラリネットパートに回されました。まあ、吹奏楽あるあるでしょうかね(笑)
先輩には『似たようなもんだから』と言われましたが、段々日が経つにつれ
『クラリネットの楽譜の方が断然音数多くて難しいじゃん!運指もややこしいし!』
という事が解ってきたのです。
しかも、たまたまこの部活のクラリネットパートは私が入学する前年まで
『全国アンサンブルコンテスト上位入賞常連校』でした。
ですから入部してすぐに『H.KLOSE』というクラリネット奏者にとっては
バイブルのような本を暗記させられるというシビアな環境だったのです。
おかげで初心者ながら読譜は鍛えられました。
特に練習の仕方はこの時に学んだことが今でも役立っています。

そんな部活でしたが以外にコンクールに関してはリベラルな考えが浸透しており、
よくある『コンクール至上主義』の部活ではなかったのです。
ですので定期演奏会や学園祭ではポップスやジャズの曲もやりました。
そんな時、お世話になったのが『ミュージックエイト』という出版社の楽譜です。
流行りのポップスや有名なジャズのスタンダードナンバーなどを幅広く扱い、
しかもアレンジが簡単であるにもかかわらず、それらしく聴こえるという優れものでした。
我々世代の全国の吹奏楽部のアウトローのジャズポップス好きには
M8(エムハチ)と呼ばれ多くの楽団に親しまれていたと思います。

このM8、先述したように流行りの歌謡曲やジャズのナンバーを簡単なアレンジで
多く出版したことにより、コンクールの課題曲やA.リードのオリジナル曲など
到底できないような未熟なバンドでも吹奏楽を身近に楽しめたり、
お客さんにも喜ばれたりという素晴らしい功績があったように思います。

がしかし、その反面、ポップスやジャズのニュアンスについては
表記の限界か?
はたまたアレンジャーの手抜きか?
それとも無知か?
今の私からすると???な点が多かったように思います。
その中で私が今でも痛切に感じ、
根深いなぁと思うのはこいつです↓

swing_0_0


この表記により全国の吹奏楽部諸君は
『へー、ジャズって3連符なんだ。』
と大いなる勘違いをしてしまうのです。
さらにそのように教えるインチキトレーナーなどもいるので困ったものです。

『ジャズって3連符』これはちょっとだけ正解ですが正しくはありません。

そもそもジャズは…。
あ、話が長くなるのでこの続きは次回の記事で(笑)


前回の記事は
『果たしてジャズファンはジャズミュージシャンのライブやCDの
何に対してお金を支払っているのでしょうか?』
というジャズファンの
「CSI=Customer Service Index(顧客満足度指数)」
の問題でした。

そして近い将来のジャズマンとは
『脳内のチップによりクラウドから大量のフレーズをダウンロードしたAI拡張型ジャズマン』
というかなりSFチックな存在となることを提示しました。

そう考えるとクラウドは共有しているわけですから、
そこからどんなフレーズをチョイスし、脳内バッファに貯蔵するか?
というセンス、好みの問題と、それを再現できる技術の問題となります。
もしかしたら神経伝達回路を加速し強化するような化学物質も出来るかもしれません。
『ユビマワール…演奏前に1錠飲むだけで高速で指が回ります』みたいな(笑)

技術もフレーズも大差が無いジャズマンのマーケットで
ジャズファンは何を期待するのでしょうか?
実はこの問題は現在でも同じかもしれませんね。

ただし『即興演奏が天賦の才能や膨大な訓練によって可能となる』
という概念がなくなるだけです。

そうなると即興の無いクラシックやポップスのミュージシャンと
ほぼ変わらないマーケットになっていくでしょう。
ジャンルがジャズなだけ。
そこで行われる『即興演奏』は普通の音楽ファンにはさらに難解、緻密になり、
敷居は上がりますが。
認知度という尺度で考えれば、
ベートヴェンやモーツアルト、コンチェルト、シンフォニーを良く知らないとか、
ラップで何言ってるか解らないとか、
AKBのメンバーの名前を知らないのとさほど変わらない問題かもしれません。

果たしてジャズファンは
高度で難解な即興演奏をたたえるのでしょうか?
それとも圧倒的な演奏技術をたたえるのでしょうか?

クラシックファンは『楽曲』、『楽団』、『指揮者』の
どれにお金を払っているのでしょう?

ロックファンやAKBは『楽曲』『メンバー』『コンサートの雰囲気』の
どれにお金を払っているのでしょう?

もしもジャズプレイヤーの演奏が
フレーズも技術も皆、似たり寄ったりだったら
聴衆は何を期待する?

結論は簡単には出ませんね。
頭がウニになってきたのでここらで一休み。
こんなものを聴いてみましょう。



高校生のこの歌声。
私は心が洗われました。
言葉がグサグサと心に突き刺さり、
知らない間に垢のように付いてしまった
私の心の汚れを砕いてくれました。

カタルシス(浄化)――――――。
これが人が音楽を求める目的の1つかもしれません。
聴く人が意識もしていない抑圧された感情を
声や楽器の音で振るわせ、解かしていく。

その点においてはジャズもブルースも、
クラシックもポップスも
同じだと思います。

それはAIには出来るでしょうか?
クラウドからダウンロードされたフレーズで
冷たく凍った心は溶かせるでしょうか?

何年後かのジャズミュージシャンは
何を伝えるか?ではなく、
どのように伝えるか?
それが1つのキーになってくるのではないでしょうか?

















前回の記事は
タダでさえ厳しいジャズミュージシャンはAI時代が来てなお食っていけるのか?
と言う命題を解くためにまずジャズシーンにおけるCSI問題
を取り上げたところで終りました。

さあ、果たしてジャズファンはジャズミュージシャンのライブやCDの
何に対してお金を支払っているのでしょうか?

と、その前に前回の記事で
『シンギュラリティ』ではどんな新しい職種が生まれるのでしょうか?と言う疑問に対して
『2つの意見があります』と言いながら1つ目の紹介で終ってしまいました。
1つ目は『新たな職種は生まれない。』という悲観的な意見でしたね?

ではもう1つの意見を紹介しましょう、それは…
AIと人間が敵対、競合せずに『人間がAIを組み込む』と言うものです。
つまり、人間の脳がAIの巨大なクラウドにアクセスすると言う事です。
まるでSFですが前回の記事で紹介したカーツワイル氏自身が言っているのです。
テスラモーターズのCEOのイーロン・マスク氏は既に
脳に直接コンテンツをアップロード/ダウンロードできる埋め込み式電極(チップ)を
開発する企業「Neuralink」を立ち上げています。
彼の夢は火星にコロニーを作るだけではなかったようですね。

我々は一種の端末として、人類の英知をはるかに超えたAIクラウドに
アクセスする事(つまりAIを拡張機能として利用)により、
AIと競合関係でなく共生関係を築くという選択をすると言う事です。

そうです。もう勉強しなくてもいいのです。
数学の公式や 英語の構文、歴史年表も各国の首都も覚える必要はありません。
計算すらしなくていいのです。全部クラウドからダウンロードすればよいのです。

ジャズを学ぶのも簡単です。理論もクラウドにアクセスすれば、
いくらでも瞬時に学べます。そう、あれほど覚えられなかったたくさんの
ツーファイブフレーズも何度も反復して暗記しなくていいのです。

…となると…にわかにジャズミュージシャンが大量発生しそうですね(笑)
食える食えない、プロ、ノンプロは問わず大量にプロ並のスキルを持った
ジャズミュージシャンは増えるでしょう。

さて、そこでCSI問題です(笑)。
同じフレーズをダウンロードした大量のジャズミュージシャンの中で、
プロとしてコンスタントに集客し、ファンを増やせるミュージシャンは
どんなミュージシャンでしょう?

やっと本題に入ったところで次回へ続きます(笑)。













昨今、AIの技術革新により、
『仕事がなくなるんじゃないか?』とか
『ターミネーターみたいにAIに人類が滅ぼされるんじゃないか?』とか
『未知なるもの』に対して『無知なるもの』が
ビビッてしまうという状況がございます。

2045年にはAIの頭脳が人間に追いつく(追い越す)、
いわゆる『シンギュラリティ』問題が到来します。
これはターミネーターが街を闊歩するような
SF、オカルト時代と言うわけではありません。

よく言われるのは、
『AIやロボットで出来るような仕事は無くなる。』と言う事です。

いわゆる情報処理的な仕事(事務、経理、税理士)から
小売業、営業職、物流のドライバー、タクシードライバー、
接客業全般、コールセンターの案内係、教師、介護士など
かなりの範囲に渡ります。

これらの予測はかなりの高い確率で残念ながら的中するでしょう。
未来予測で定評のあるオックスフォード大学のM.オズボーンの予測ですから。

2045年まで働ければいいやと言う人は構いませんが、
それ以降も働いて生活しなければならないという人は困りますよね。
死活問題です。

さらに言えばこれらの仕事は2045年にいきなり無くなるわけではありません。
既に今現在も少しずつなくなっているのです。

某大手物流企業の倉庫では荷物の仕分けと積み込みはロボットがやっていますし、
ファストフードのレジは自動になって来ています。
アパレルは店舗販売だけでは利益が上がらなくなり、
多くはECショップでの売り上げに頼らざるを得なくなっています。
車の自動運転走行が法律でOKになれば、タクシー運転手は職を失うでしょう。
介護ロボットも多く開発されています。
ニューヨークではAIのシェフが顧客のデータベースを元に
その日の体調や、好みに合った料理を作ってくれるレストランも既にあります。

まともに一般企業で働いた事もない負け組みの私などは、
食えなくなったらどんな業種に転職しようかと現時点で不安なのに
その選択肢も狭められるなんて!とお先真っ暗でございます。

AI vs 人間という図式は避けられないのでしょうか?
産業革命の時代、機械化により力仕事に従事していた人の多くは職を失いましたが、
一方で機械をコントロールしたり整備したり作ったりする職業が生まれました。
それでは今回の情報技術革命『シンギュラリティ』では
どんな新しい職種が生まれるのでしょうか?
2つの意見があります
1つはAIのディープラーニング(自己学習)により新たなイノヴェーションは
AI自らが猛スピードで成し遂げていくので人間の出る幕は無く、
新たな職種は生まれない。
多くの人は産業革命とこの度の『シンギュラリティ』の意味は
根本的に違うと主張しています。この説が正しければ、
残念ながら新たな雇用の創出は難しいでしょう。
AIやロボットは単純作業や情報処理だけかと思いきや、
新しいものを作り出すことも出来ます。

未来予測を86%以上の確率で的中させてきたGoogleの技術部門ディレクターでもある
レイ・カーツワイル氏は
『人工知能が創作活動を人間と同じくらいにできるようになるのは時間の問題だ』
と言っています。

ここでそろそろ本題。
ではジャズミュージシャンは職を失うか?

この命題を解くにはそもそもお客はジャズの何に対してお金を払っているのか?
と言うジャズシーンにおけるCSI(Customer Satisfaction Index)的な
問題を解かなくてはなりません。顧客満足度と収益の問題です。

話がマーケティングみたいになってきたところで次回に続きます(笑)












ジャズを学ぼうと思っていざ、理論書なるものを
買って読んでみると、多くの初心者は挫折してしまいます。
それまでバンドや吹奏楽でコードネームやオタマジャクシに
慣れ親しんでいるはずの人でも、です。
どうしてでしょうか?

音大で作曲法を学んだような人なら解るかも知れませんが
大学で習ったはずの日本語はどこへやら、
初めて聞くカタカナ(英語)ばかりで閉口する事もあるかもしれません。

板前の修業をある程度してもイタリアンやフレンチに転向したら
同じ料理であっても初めは戸惑います。
ましてやアドリブと読譜による演奏は似て異なるもの。
『レシピを作る』のと『レシピ通りに作る』事は違うのです。

さらに理論書を書いている著者が、プレイヤーなのか
講師なのかによっても違います。

以前、堀江貴文さんが『寿司職人の修行はばかばかしい』
と発言して物議を醸しましたが、結論から言えば
寿司を握る技術は研修や学校で習った方が早いでしょう。
教える側は教えるプロですから。合理的で解りやすいです。
生徒のレベルの理解した上で教え、
日々そのケーススタディのデータは蓄積されアップデートされます。
実績だけが武器となることが多いからです。
(有名人講師で人を集めている学校は別かもしれません)

ジャズの理論書を読んで、私がよく感じることは、
『概念の連結による自明視にを多用する為、本意の伝達が困難』と言う点です。
↑この言葉自体、わざと解りにくく書いたのですが(笑)
簡単なセンテンスに開いて書くと
『解説するのに難しい言葉や概念を使ってるけど、
 まだそれ自体を知らない人には伝わるはずねーじゃん』
って事です。
寄り添ってないんですよね。

『多くの理論書の著者は“obviousness”と“familiarity”を履き違えているのです。』
↑ジャズ理論書はこんな感じで書いてあるのですよ。

因みに2行上の文章は
『概念的に自明の理である(obviousness)』って事を
まだ概念を共有できていない初心者に
『君ならもう熟知してるでしょ(familiarity)』と
まるでミュージシャン仲間への感覚を混同していると言うことです(笑)

自分が概念としてわかっていることは
たとえ経験の無い人でも解ると思っている誤認識なのです。
本当は概念と経験から学ぶものなのに、
概念未理解で且つ経験が無くとも『わかるっしょ』と思い込んで書いているのです。

私のレッスンの時にこんなことがありました。
私:『ここはキーがCメジャーだよね?』
生徒:『Cメジャーってドミソですか?』
私は『キーが』と言った段階で当然『調性』の話だと思ってそう言ったのです
しかし生徒さんは『Cメジャー』という言葉で『コードネーム』だと思ったのです。
私にとってはobviousnessでしたが
生徒さんにとってはfamiliarityの問題だったのです。

このような微妙なズレによってジャズの理論書は解りにくいのです。
ですから入門書の著者(講師)は相手のレベル、理解度に
細心の注意を払わねばなりません。
中級以上はある程度、フィルターをかけているので
この問題は多少改善されるでしょうが、
入門書は慎重に、丁寧に行かねばなりません。

私が丁寧にわかりやすく書いた入門書は
こちらです→http://www.a-muse.jp/textbook/













私が言語のようにジャズのアドリブを教えているのには幾つか理由があります。
今日はそのことについて書きたいと思います。

まず1つに『Lickを憶えないとセッションに参加できない』というハードルをなくしたいのです。
ジャズのアドリブ教本を読み進めたり、レッスンに通うと、初歩的な理論の次に
『ツーファイブフレーズ』なりのLick(常套句)やコードに対するLickを憶えなさい
とフレーズ集なるものが登場します。レッスンも教本もその方が楽です。
それを受講者や読者が暗記してプレイできればお手軽なジャズアドリブの出来上がりです。

まるで『これさえ憶えれば安心!英会話必須100フレーズ!』みたいなノリです。
我々も中学高校でテスト前にたくさん憶えましたよね?
あれで英語が話せるようになりましたか?
答えは『No!』です。

何%かは話せるようになった人もいるかもしれませんが、
『構文を憶えただけ』ではまず無理でしょう。

『旅行英会話』くらいならコミュニケーションできるかもしれませんが。
セッションでスタンダードのソロのプレイにはLickは果たして何個必要でしょうか?
そんなの全部憶えるの大変です。挫折する人もいるでしょう。
『フレーズをたくさん暗記しないとアドリブは出来ない』
という常識、思い込みを私は打破したいのです。
だってアメリカ人の子供は構文なんか暗記していなくても英語は話せますから。

次に『自分を自由に表現して欲しい。』からです。
ジャズには悲しい曲もあれば楽しい曲もあります。
Lickはコード進行に紐付いていますから、曲想がどうであろうと関係ありません。
悲しい曲のDm7|G7と楽しい曲のDm7|G7で
同じフレーズをプレイしてしまうかもしれません。
プレイする理由は『憶えているから』とか『練習したから』であって
『悲しい』『楽しい』という曲想や曲の世界観、自分のハートとは別です。
ジャズとは自己表現ですからたとえ拙くても
自分の言葉で話すべきと私は考えます。

3つ目に他のジャンルやモードジャズにも対応できるスキルを養いたい。
これはテクニカルな話になりますが、
Lickによるプレイはコードにフレーズが紐付いています。
この手法はジャズに良く使われるコード進行のパターンには強いのですが、
そうでないポップスやロックのコード進行には
フレーズの引き出しをあまり持ち合わせておりません。

ましてやコード進行が存在しないモードジャズの即興においては
アプローチに困ってしまいます。
暗記したフレーズは無くとも、スケール1つから自分の物語を語れるスキルがあれば、
モードジャズにおいても自由な即興が出来るようになるはずなのです。

このような点から私はLickのインストールでない、
音の言語化によるアドリブの習得法を遠回りに感じるかもしれませんが、
子供が少しづつ言葉を獲得していくように
ジャズ語、音楽語を学ぶ方法を推進しているのです。












先の投稿で
『巨匠と言われる音楽家は寄り多くの人を感動させた』
という推論で無理矢理締めくくったのですが(笑)

その辺は『恐らく、そうかもね』でご了承して頂いて
話を進めさせていただきます。

まずは感動の基準をはっきりさせたいと思いますが
先の投稿で
『落涙、発汗、鳥肌、心拍数の増加、体温の上昇』
云々、列挙しましたが、実は脳科学的に
『感動ホルモン』と呼ばれるものがございます。(なんだそりゃ)

それはセロトニンです。


セロトニンとはここで詳細に説明する事は避けますが
脳内で生成される物質で厳密にはホルモンではありません。
(『感動ホルモン』と言われるけど)

セロトニンは、その分泌によりドーパミンやエンドルフィンなどの
報酬系脳内物質の分泌を促し、且つ適切にコントロールして
精神を安定させ、幸福感や覚醒感を感じさせます。

実験により感動した時にセロトニンの交換が盛んになる
ということが実際に解っております。

ですので今回、音楽による感動を
『音楽が潜在意識に働きかけ、セロトニンを分泌させた』
と仮に定義するならば、


『感動したからセロトニンが分泌した』のか?
それとも
『セロトニンが分泌したから感動した』のか?
問題が発生します。(ニワトリと卵みたいですな)

つまり感動のメカニズムを
脳科学的に解明しなければなりませんな(笑)

この問題に関しては私はただのサックス講師ですので
東京女子医科大学母子総合医療センター所長の
仁志田 博司教授の言葉をまんま引用しますと…

『脳機能からみた感動するという現象は、
五感および運動感覚を介する外部からの
刺激情報(音楽・景色・故郷の香り・到達感)が、
大脳周辺部においてその感覚情報が
美しい・気持ちが良い・素晴らしいものとして評価されると、
前頭前野の高次脳機能の深い記憶(命の原始記憶・懐かしい思い出)
が呼び覚まされ、それによって報酬系が刺激されて
ドーパミンやエンドルフィン等のサージがおこり、
脳機能全体が高揚する状態になること』

…だそうです。ハイ。

ま、要は

『訳わかんないけど、人として根源的なものと
リンクしちゃってるっぽいのでセロトニンがダダ漏れ』

っつー事でしょうな。
もっと深掘りしてもいいですが、ここらで
当初のテーマの結論はとりあえず出ましたな。

『AIは人として根源的なものが無いから感動しない。』
つーか元々セロトニンなんか出ない(笑)

『音楽と感動』に関しては様々考える価値がありそうなので、
また機会があれば書いてみたいと思います。
以上、酒の席のたわごとでブログを2つも書いてしまいました。
















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