以前から『お笑い』と『音楽』については
このブログの中でちょいちょい触れてきてはいるのですが、
今日はちゃんとテーマとして取り上げて書いてみたいと思います。

まず『お笑い』ですが、今、テレビを見ると『お笑い番組』というのは
『バラエティ番組』という『幕の内弁当』みたいなものが主流のような気がします。

所謂、『ネタ番組』と言うのは昔から比べると減少したのかもしれません。
今は『お笑い芸人』をキャスティングして、フリートークして
人を笑わせるのが『お笑い芸人』の芸だ
と思っている人も多いかもしれませんね。

彼らは元来劇場や寄席出身の『ネタ芸人』でした。
日々ライブで観客を前に『仕込んだネタ』を披露し、
厳しい洗礼を受けながらのし上がってきた人たちです。

彼らがM-1、R-1で輝かしい成績を残せば
その後、TVの仕事が一時は増えたりします。

しかしグランプリを獲ったにもかかわらず、
TVでは見かけなくなってしまった芸人さんたちもたくさんいます。

TVに出ていないと『売れなくなった』と錯覚してしまいますが、
彼らの中には劇場や寄席という現場で
いまだに大爆笑を取っている人たちも少なくないのです。

マーケットとコンテンツの違いです。

昔、私が尊敬してやまない『タモリ』さんがこんなことを言いました。

『TVは素人が出るものだよ。』

アングラな宴会芸でお笑いの世界に入ったタモリさんならではの
コメントです。

吉本のルミネや寄席と違って、TVという媒体は
寝転がりながら
食べたり飲んだりしながら
スマホをいじりながら
見れますし、
途中でチャンネルを変えることもできます。
NHKでなければお金を払う必要もありません。


何年も修行を積んだお笑いの芸を楽しむならば
入場料を払って楽しむべきでしょう。
劇場や寄席は修行や鍛錬の結果得られた『お笑い職人のスキル』や
『伝統芸能』というコンテンツを楽しむマーケットなのです。

ですから落語のように『同じネタ』でも構わないのです。
内容(情報)でなく『芸』を楽しんでいるのですから。
言い換えれば『何を』でなく『どのように』が重要、価値となります。

『「芝浜」は談志が最高!』などと言うのも演じ方、ニュアンスの違いで
評価されているわけです。


『古典落語』の『古典』を英語に訳すと『クラシック』です。

クラシック音楽も同様、楽譜は一緒で奏者(指揮者も含む)の違いを聴いて楽しむ、
つまりこれも職人芸です。

タモリさんが
『TVは素人が出るものだよ』
と言ったり
『私の芸なんざ素人の宴会芸だよ』
と言ったのは
そういう伝統芸と自分の芸は種類が違うのだと言う事と
『TVは伝統芸のようなコンテンツのマーケットではなくなる』
という事を意味していたのです。

今、TVと言うマーケットでお笑い芸人として戦っていく為には、
『フリートークでのアドリブで笑いを取る』スキルがなくては
『おもんない』としてお声がかからなくなってしまいます。
劇場や寄席の下積み時代で獲得したお笑いのノウハウを
練習なしのアドリブで応用し、活用していかなければなりません。

昔の芸人はクラシック奏者のように本番まで練習し、
それを舞台で上手に表現すればお金がもらえました。


でも今のTV芸人はお笑いのノウハウを
TV画面の中で、他の出演者とコミュニケーションしながら
即興で反応し、流れを作り、パスを回し、トスを上げ、
見事に『オチ』を決めるスキルがいるのです。

まるでジャズミュージシャンのようです。

実は私がタモリさんを尊敬している理由はそこです。

『笑っていいとも』でタレント、芸人、ゲストなど
様々なキャストに進行を任せて、タモリさん本人は一歩引いて自然体。

流れが危なくなったり、マンネリに傾きそうになると全く脈絡と関係ない
『あれ?最近太った?』とか
『その髪型おかしくない?』などのコメントをぶち込んで場の空気を換えてしまう。
まるで、エレクトリック時代のマイルスのキーボードプレイのようです。
定石を嫌い、ハプニングを好むスピリットです。

現在のフリートークお笑い芸人の中でのNo.1は異論無しに
ダウンタウンの松本人志さんでしょう。

彼は若い頃、紳助・竜介を始め多くの芸人のネタを研究したそうです。
そんな即興お笑いモンスターの松本氏は
今でも欠かさず、毎日落語を聴いているそうです。

それが桂枝雀さんと立川志の輔さんだそうです。

ここからは私の勝手な想像ですが、
毎日欠かさず聴くと言う事は分析もさることながら、
体にしみこませているのではないでしょうか?
それは話の流れの『型』であるかもしれないし、
演者独特の『イントネーション』や『間』なのかもしれません。

レベルも質も違いすぎる話ですが、私も学生の頃、
アドリブのマスターのノウハウが全く解らず、
ただひたすらソニー・ロリンズのソロをコピーし、
『音源と同時にシンクロさせてプレイする』という
謎の練習をしていました(笑)。

全く理論的根拠も裏付けもない『おまじない』のような練習ですが、
いくつか得たことはあります。

ニュアンスやイントネーションをまねる事は当然ですが、
シンクロすることにより大きく影響を受けたのは
『間』を含めた『テンション』と『リリース』です。
これは松本氏も『笑い』の生まれる瞬間として言っています。

私はロリンズのソロを『なりきってプレイする』ことで
彼のソロに流れる『テンション』と『リリース』のパルスを感じるようになりました。
そして『名演』とされるソロには必ず『テンション』と『リリース』の
心地よい繰り返しが存在する事が解ったのです。

もしかしたら松本人志氏も枝雀と志の輔を聴きながら
一流の話芸のエッセンスを肌で吸収し、
同じようなパルスを感じているのかもしれないですね。

話をコンテンツとマーケットに戻します。
TVのお笑いがネタ番組からフリートークバラエティに移り変わって行きました。
職人芸(どのように演じるか)を見るよりも、
職人のアドリブ(何を表現するか)が見たいのです。しかもタダで。

フレンチシェフの自慢の定番コース料理よりも
そのシェフの作るチャチャっと作る『賄い飯』に興味があるのかもしれない。
匠の細かいディテールの機微よりも
『発想や視点の意外性』を好むのでしょう。
情報過多は刺激がエスカレートするものです。

しかしそうはいっても一定数の落語ファンや寄席、演芸場ファンと言うものは
クラシックファン同様いるもので、その範囲のマーケットであれば問題ないのでしょう。
昔の『夏のジャズフェス』がそもそもバブルで異常だったのかもしれませんね。

今ジャズライブハウスがプロミュージシャンのライブだけでは厳しくなり、
素人のジャムセッションで収益を得ているというのは面白い現象です。

この場合、刺激がエスカレートしているのではなく、
承認欲求や自分発信ブームかもしれません。
もしくはコミュニティー帰属欲求でしょうか?

これはまた改めて考えてみたいテーマです。

話は変わって、
TVで『フリートークお笑い芸人』の頂点に君臨する松本人志さんが
TVのライバルであるインターネットで製作した
ドキュメント形式のお笑い番組がすごいと話題です。
私は別にこれをアフィリエイトしているわけでもなんでもないが、
とうとう『お笑い職人のアドリブ芸』をTVでタダでなく、
ネットで『お金を払って』見る時代が来たのです。

お笑いの世界がやっと『ジャズ』に追いついたのです。