はい、思いのほか長くなってしまったので、
今一度、これまでのおさらいを。

≪8分音符の変化≫

1920年代 ニューオリンズジャズ、アーリージャズ
  やや跳ね(For Marching、To Listener)

1930年代 スィングジャズ、ビッグバンド全盛期
  ほぼ3連符のノリ(For Dancing、To Dancer)

1940年代 ビバップ革命、モダンジャズ黎明期
  バウンスの必要なし、イーブン(For Art、 To Musician)

と言う事でした。
今回はこの後、

『1950年代 ハードバップ、ポストバップ揺籃期』についてです。
チャーリー・パーカーの登場により、
ジャズは聴いて楽しむものから、
ミュージシャンが即興演奏において肉体の限界に挑戦する
知的でスポーティーな競技となりました。

ビバップ革命により、即興演奏は
『メロディーを如何に個性的に崩すか?』ではなく、
『大量にインプットされたフレーズを、如何に適切にアウトプットするか?』という
脳の記憶能力(憶える+思い出す)と筋肉の運動記憶(指や手)
を競うゲームになったのです。

この革命の転換によって『即興で演奏される音』は
気分や言語を表すメロディの亜種から
コードとの関連性を表すデータ(情報)に変わったのです。

ゆえに雰囲気、ムードよりもコードとの関係性を特定する為の
情報量(マテリアル)が重要となったのです。
この時代はジャズ史における第一次情報過多時代と言っても良いでしょう。

ビバップは年を経るごとに如何に速く、如何に沢山の音をプレイするか?
そして難解な理論を如何に素早く解釈し、適切な対応をするか?
という攻略ゲーム的要素が強くなります。

聴衆、観客はプレイヤーがどのくらいすごいことをしているのかわかりません。
同業者しかその真価は解らなかったでしょう。

ビバップにおけるフレーズは情報です。
バウンスする必要性はありません。

しかしパーカー自身はスィングジャズの時代にもいろんなビッグバンドで
下積み時代にプレイしていたわけでバウンスする癖も残っています。
60年代ならバウンスしないであろうテンポでも、
時期やテンポによってバウンスしている録音もあります。
まさにパーカーが生きている時代自体が
3連符からイーブンの8分音符への『過渡期』なのです。

パーカーはジャズ史においてスィングジャズからモダンジャズへの
転換の鐘を鳴らした革命家ですが、34歳の若さで死んでしまいます。

パーカーの偉業はビバップの発明だけではありませんでした。
彼には『ジャズ史におけるもっとも偉大な人』を発掘したという業績もあるのです。
その偉大な人とは勿論『マイルズ・デイヴィス』です。
マイルズ自身、パーカーに憧れ、その尊敬の念は晩年のインタヴューでも
『パーカーとの共演は忘れられない、あの感覚をもう一度味わいたくて今もプレイを続けているんだ』
と言っているくらいですが、その音楽の方向性は途中でマイルズが舵を切ります。

マイルズは後にハードバップと言われる聴くに耐えうる音楽を追求し始めます。
そのマイルズの脱ビバップ事件に関してはさまざま論議されているので
詳細は別の機会に譲りますが、ともかくこの後のジャズは
『ジャズ史≒マイルズの音楽変遷』という風になります。

さてこの後もさまざまジャズ史について語りたいところですが、
本題は『8分音符がどうなった』というテーマなので、
歴史の話はここまで。

この後は8分音符のグルーヴのさせ方に少し触れて
このお話を終わらせたいと思います。