渦男のジャズ道場

八王子の音楽教室ミュージックサロンア・ミューズのサックス講師 網 渦男のブログです。 サックスに関すること、ジャズに関することなどをまとめております。(旧さきこら)

カテゴリ:日記&コラム > 雑文

前回の記事は
『果たしてジャズファンはジャズミュージシャンのライブやCDの
何に対してお金を支払っているのでしょうか?』
というジャズファンの
「CSI=Customer Service Index(顧客満足度指数)」
の問題でした。

そして近い将来のジャズマンとは
『脳内のチップによりクラウドから大量のフレーズをダウンロードしたAI拡張型ジャズマン』
というかなりSFチックな存在となることを提示しました。

そう考えるとクラウドは共有しているわけですから、
そこからどんなフレーズをチョイスし、脳内バッファに貯蔵するか?
というセンス、好みの問題と、それを再現できる技術の問題となります。
もしかしたら神経伝達回路を加速し強化するような化学物質も出来るかもしれません。
『ユビマワール…演奏前に1錠飲むだけで高速で指が回ります』みたいな(笑)

技術もフレーズも大差が無いジャズマンのマーケットで
ジャズファンは何を期待するのでしょうか?
実はこの問題は現在でも同じかもしれませんね。

ただし『即興演奏が天賦の才能や膨大な訓練によって可能となる』
という概念がなくなるだけです。

そうなると即興の無いクラシックやポップスのミュージシャンと
ほぼ変わらないマーケットになっていくでしょう。
ジャンルがジャズなだけ。
そこで行われる『即興演奏』は普通の音楽ファンにはさらに難解、緻密になり、
敷居は上がりますが。
認知度という尺度で考えれば、
ベートヴェンやモーツアルト、コンチェルト、シンフォニーを良く知らないとか、
ラップで何言ってるか解らないとか、
AKBのメンバーの名前を知らないのとさほど変わらない問題かもしれません。

果たしてジャズファンは
高度で難解な即興演奏をたたえるのでしょうか?
それとも圧倒的な演奏技術をたたえるのでしょうか?

クラシックファンは『楽曲』、『楽団』、『指揮者』の
どれにお金を払っているのでしょう?

ロックファンやAKBは『楽曲』『メンバー』『コンサートの雰囲気』の
どれにお金を払っているのでしょう?

もしもジャズプレイヤーの演奏が
フレーズも技術も皆、似たり寄ったりだったら
聴衆は何を期待する?

結論は簡単には出ませんね。
頭がウニになってきたのでここらで一休み。
こんなものを聴いてみましょう。



高校生のこの歌声。
私は心が洗われました。
言葉がグサグサと心に突き刺さり、
知らない間に垢のように付いてしまった
私の心の汚れを砕いてくれました。

カタルシス(浄化)――――――。
これが人が音楽を求める目的の1つかもしれません。
聴く人が意識もしていない抑圧された感情を
声や楽器の音で振るわせ、解かしていく。

その点においてはジャズもブルースも、
クラシックもポップスも
同じだと思います。

それはAIには出来るでしょうか?
クラウドからダウンロードされたフレーズで
冷たく凍った心は溶かせるでしょうか?

何年後かのジャズミュージシャンは
何を伝えるか?ではなく、
どのように伝えるか?
それが1つのキーになってくるのではないでしょうか?

















前回の記事は
タダでさえ厳しいジャズミュージシャンはAI時代が来てなお食っていけるのか?
と言う命題を解くためにまずジャズシーンにおけるCSI問題
を取り上げたところで終りました。

さあ、果たしてジャズファンはジャズミュージシャンのライブやCDの
何に対してお金を支払っているのでしょうか?

と、その前に前回の記事で
『シンギュラリティ』ではどんな新しい職種が生まれるのでしょうか?と言う疑問に対して
『2つの意見があります』と言いながら1つ目の紹介で終ってしまいました。
1つ目は『新たな職種は生まれない。』という悲観的な意見でしたね?

ではもう1つの意見を紹介しましょう、それは…
AIと人間が敵対、競合せずに『人間がAIを組み込む』と言うものです。
つまり、人間の脳がAIの巨大なクラウドにアクセスすると言う事です。
まるでSFですが前回の記事で紹介したカーツワイル氏自身が言っているのです。
テスラモーターズのCEOのイーロン・マスク氏は既に
脳に直接コンテンツをアップロード/ダウンロードできる埋め込み式電極(チップ)を
開発する企業「Neuralink」を立ち上げています。
彼の夢は火星にコロニーを作るだけではなかったようですね。

我々は一種の端末として、人類の英知をはるかに超えたAIクラウドに
アクセスする事(つまりAIを拡張機能として利用)により、
AIと競合関係でなく共生関係を築くという選択をすると言う事です。

そうです。もう勉強しなくてもいいのです。
数学の公式や 英語の構文、歴史年表も各国の首都も覚える必要はありません。
計算すらしなくていいのです。全部クラウドからダウンロードすればよいのです。

ジャズを学ぶのも簡単です。理論もクラウドにアクセスすれば、
いくらでも瞬時に学べます。そう、あれほど覚えられなかったたくさんの
ツーファイブフレーズも何度も反復して暗記しなくていいのです。

…となると…にわかにジャズミュージシャンが大量発生しそうですね(笑)
食える食えない、プロ、ノンプロは問わず大量にプロ並のスキルを持った
ジャズミュージシャンは増えるでしょう。

さて、そこでCSI問題です(笑)。
同じフレーズをダウンロードした大量のジャズミュージシャンの中で、
プロとしてコンスタントに集客し、ファンを増やせるミュージシャンは
どんなミュージシャンでしょう?

やっと本題に入ったところで次回へ続きます(笑)。













昨今、AIの技術革新により、
『仕事がなくなるんじゃないか?』とか
『ターミネーターみたいにAIに人類が滅ぼされるんじゃないか?』とか
『未知なるもの』に対して『無知なるもの』が
ビビッてしまうという状況がございます。

2045年にはAIの頭脳が人間に追いつく(追い越す)、
いわゆる『シンギュラリティ』問題が到来します。
これはターミネーターが街を闊歩するような
SF、オカルト時代と言うわけではありません。

よく言われるのは、
『AIやロボットで出来るような仕事は無くなる。』と言う事です。

いわゆる情報処理的な仕事(事務、経理、税理士)から
小売業、営業職、物流のドライバー、タクシードライバー、
接客業全般、コールセンターの案内係、教師、介護士など
かなりの範囲に渡ります。

これらの予測はかなりの高い確率で残念ながら的中するでしょう。
未来予測で定評のあるオックスフォード大学のM.オズボーンの予測ですから。

2045年まで働ければいいやと言う人は構いませんが、
それ以降も働いて生活しなければならないという人は困りますよね。
死活問題です。

さらに言えばこれらの仕事は2045年にいきなり無くなるわけではありません。
既に今現在も少しずつなくなっているのです。

某大手物流企業の倉庫では荷物の仕分けと積み込みはロボットがやっていますし、
ファストフードのレジは自動になって来ています。
アパレルは店舗販売だけでは利益が上がらなくなり、
多くはECショップでの売り上げに頼らざるを得なくなっています。
車の自動運転走行が法律でOKになれば、タクシー運転手は職を失うでしょう。
介護ロボットも多く開発されています。
ニューヨークではAIのシェフが顧客のデータベースを元に
その日の体調や、好みに合った料理を作ってくれるレストランも既にあります。

まともに一般企業で働いた事もない負け組みの私などは、
食えなくなったらどんな業種に転職しようかと現時点で不安なのに
その選択肢も狭められるなんて!とお先真っ暗でございます。

AI vs 人間という図式は避けられないのでしょうか?
産業革命の時代、機械化により力仕事に従事していた人の多くは職を失いましたが、
一方で機械をコントロールしたり整備したり作ったりする職業が生まれました。
それでは今回の情報技術革命『シンギュラリティ』では
どんな新しい職種が生まれるのでしょうか?
2つの意見があります
1つはAIのディープラーニング(自己学習)により新たなイノヴェーションは
AI自らが猛スピードで成し遂げていくので人間の出る幕は無く、
新たな職種は生まれない。
多くの人は産業革命とこの度の『シンギュラリティ』の意味は
根本的に違うと主張しています。この説が正しければ、
残念ながら新たな雇用の創出は難しいでしょう。
AIやロボットは単純作業や情報処理だけかと思いきや、
新しいものを作り出すことも出来ます。

未来予測を86%以上の確率で的中させてきたGoogleの技術部門ディレクターでもある
レイ・カーツワイル氏は
『人工知能が創作活動を人間と同じくらいにできるようになるのは時間の問題だ』
と言っています。

ここでそろそろ本題。
ではジャズミュージシャンは職を失うか?

この命題を解くにはそもそもお客はジャズの何に対してお金を払っているのか?
と言うジャズシーンにおけるCSI(Customer Satisfaction Index)的な
問題を解かなくてはなりません。顧客満足度と収益の問題です。

話がマーケティングみたいになってきたところで次回に続きます(笑)












2年前、私はベースとデュオのライブをやりました。
脳卒中の後遺症で即興演奏が以前のように出来なくなり、
私はもう人前での演奏を諦めかけていたのですが、
幸運な事に、世界的に著名なある2人のジャズミュージシャンから
『ライブをやりなさい』
『決して諦めてはいけない』
とアドヴァイスをいただいたのです。

アドリブができない事に加え、通常の楽譜がありきの演奏でも
まだ半身マヒが完治していない私は
以前のようなクオリティでプレイできるか不安でした。

さて、私は悩みました。
アドリブをしないライブをジャズライブと言えるのか?
何を持ってお金を頂く資格があるのか?
恥ずかしい事にわからなかったのです。

裏を返せば、『アドリブさえやればジャズだ』
と短絡的に思っていた自分に今さら気がついたのです。
ライブを決めたものの、私の悩みの答えは
なかなか見つかりませんでした。

演奏する曲はジャズスタンダードにする訳にもいかず、
『昭和歌謡』と逃げました(笑)。

そして曲目の1/3はオリジナルそのまま、
1/3はジャズっぽいアレンジで、
1/3はアドリブを少々やる。
というコンセプトにしました。

少々のアドリブさえ本当に出来るのか
全く自信はありませんでしたが、
アドリブを期待していらっしゃる人もいるであろうと配慮し、
自分を追い込んだのです。
『恥さらし』になってしまうリスクをあえて選びました。

アドリブ無しのライブに商品価値はあるのか?
この答えを私は自分の教室のクラシック系の講師に聞きました。

彼女達は『それは努力して演奏に自信を持つことです』と
一様に答えました。

答えになってるようでなっていないような(笑)
私は余計に解らなくなりました。

技術の追求か?それにゴールなんてあるのか?
技術に人は金を払うのか?
プロの音楽とは技術なのか?
だとしてもマヒした左手と口と舌と喉で技術を追求できるのか?
答えは見出せないままでした。

とりあえず、楽譜通りの曲は何度も何度も必死に練習しました。
肉体的に出来ないと箇所は楽譜を手直ししました。

アドリブの箇所は瞬間的に筋肉が反応できないため、
今までよりも早いタイミングで思考する訓練をしました。
1秒先では無く3秒先を予測し、浮かんだフレーズのうち、
右手を主に使うフレーズのみプレイするフィルターを
脳内に設置しようと試みました。

アドリブ無しのジャズミュージシャンに
お金を払う、払わないの境界線が解らないまま
本番を迎えました。

ライブが終った私は本当に申し訳ない気持ちと、
悔しさと屈辱感でその場から立ち去りたい気持ちでした。

しかし、お客様からは意外にも
『良かったですよ』との声を頂きました。
モチロン200%お世辞だと思いますが、
良かったと言われた曲はアドリブ無しの曲だったのです。
もしかしたらアドリブが余りにもひどかったからかもしれませんが(笑)
『また聴きたい』とも言われたのです。

不思議に思った私は後日、あるジャズシンガーに訊きました。

『アドリブのスキャットをしない曲を歌う時、
何を持って私の歌はジャズと言い切れますか?』

随分と失礼で、突っ込んだ質問をしたものですが、
それが私の探している答えだろうと思ったからです。

そのジャズシンガーは言いました。

『私の歌を聴いて、お客さんが体を動して、ハッピーに見えたらそれがジャズよ。』

なるほど。
ジャズ-アドリブ=
答えが解ったような気がしました。


昨晩は初めてのコーラスのレッスンをさせて頂いたのだが、
まず、感銘を受けたのはメンバーの意識でした。
本当に真剣で、その眼差しにこちらがウルウルと来てしまうくらい。
私は発声やボイトレなどはズブの素人なので、そっちの方は、
専門の講師にサポート、指示を頂戴しながらやりました。
曲が結構難しい曲だったので私がやった事は
Step1 スコア、アレンジの解説
Step2 各自の【基準】の統一
Step3 オリジナリティを見出すお手伝い
でした。

モチベーションと熱意は素晴らしいので
スポンジが水を吸うが如く、
摩擦ゼロで吸収していきます。すごいですね。

『スコア、アレンジの解説』は
初心者が多い事と、楽器ではなくコーラスと言う事で、
音楽用語、記号自体に疎いという点を改善いたしました。
また、スコアという設計図が有機的に作用して
サウンドしていると言う事をボンヤリでなく
はっきり耳で理解して頂きました。
これらは『理解』なので一瞬で済む作業です。

次の『各自の【基準】の統一』は
例えば全員の『スタッカート』のデフォルトのサイズ感、
質感、音色を合わせるという作業になります。
Aさんは『タッ』Bさんは『タンッ』Cさんは『トゥッ』ってのを
『基本、デフォルトはコレにしましょ』と決めます。
そうしないと『もっと丸く軽やかに』と支持しても
バラバラにずれるだけなので(笑)
コレを『テヌート』や『mp、mf、f、ff』など
必要な要素のニュアンスを全部合わせていきます。
これは多少厄介です。それぞれの脳みそにある
データベース(情報量)がバラバラですから。
歌謡曲しか聴いた事が無い人の『>(アクセント)』と
クラシックやジャズなど幅広い音楽を聴いてきた人のそれを
合わせる微調整は困難です。しかも頭にイメージできても
『発声、奏法』ではどうすればいいか?は
感覚で出来ちゃう人とボイトレの先生にやり方を教わらないと
出来ない人もいます。
この様な事はコーラスであろうがビッグバンドであろうが、
吹奏楽であろうが、オーケストラであろうが、
アマチュアであればみな同じ障壁があるのではないでしょうか?

そして三つ目の
『オリジナリティを見出すお手伝い』はもっと大変ですが
楽しく有意義な作業です。
そのメンバーでしか出来ない仕掛け、仕込み、サウンドを
探していく作業です。

これは大きく分けてセールスポイントを強調する作業と
ウィークポイントをカバーする作業があります。
熟練者やプロ相手のディレクションは簡単です。
指示を出すだけでできますから。

初心者、アマチュアはそう簡単にはいきません。
普通は全員が同じレベルになるように成長を促すやり方を
取るのでしょうが、私はそうしません(笑)
初心者はそんな急に上手くならないのが現実ですから、
(その人を特訓するという手もありますが)
またアマチュアでもプロには無い素晴らしい瞬間が必ずあるはずです。
そこにスポットを当てる方法もあります。
幕の内弁当のおかずが全部美味しくなくても良いではないか。
どこぞの弁当のシューマイと竹の子の煮付けが好きだけど
アンズは要らないと言う人もいるし、あれが良いのだと言う人もいます。
音楽の評価は人それぞれ。
同じ演奏を聴いて『雑だ』と思う人もいれば
『人間らしくてよろしい』と言う人もいます。
『雑』を数ミリある方向に傾けて『人間味溢れる音楽』にできたら…。
いいじゃないですか(笑)
私はそういうことをします。
全部キレイに整えて型にはめ込んだらmidiで打ち込んだ方が
パーフェクトな演奏が出来ますよ。苦労なく。
人間が音楽を作ると言うことは
『不完全な人同士』がお互いに理解し、認め合って
協力して、知恵を出して少しでも良いものを作る事だと思っています。
社会もそうではないでしょうか?
私は昨日の練習の最後にコーラスメンバーに
『歌が上手くなる事も大事ですが、このメンバーでなくては出来ないサウンドを
みんなで作る楽しさと喜びを財産としましょう』
と言い残して来ました。
Dream Voiceに幸あれ!













このブログでも何度か取り上げていますが、
私は『お笑い』が大好きです。
単に笑いたい、という気持ちもありますが、
『知的好奇心』が刺激されるので好きなのです。
音楽とお笑いは似ています。
どちらも人の想像力を掻き立て、楽しませるからです。

先日、ネットでビートたけしさんが
『唯一、負けを認めた芸人』
と言う事で『明石家さんま』さんの名前を挙げていました。
その理由にたけしさんは
『あのアドリブには勝てない、オレがツッコミに回るしかなかった。』
『人のミスも、自分のミスも、笑いに変えてしまう。』
と告白しておりました。
まさにさんまさんは『お笑いファンタジスタ』なのですね。

そもそもたけしさんとさんまさんは実は
『オレたちひょうきん族』が初共演だったそうです。

『オレたちひょうきん族』は当時最高視聴率50%を記録したTBSの「お化け番組」、
ドリフの『8時だョ!全員集合』を超えるものを
とフジテレビがあえて視聴率ノルマを廃し、
『制作者が作りたいものを作る』と大胆な路線変更をして出来た番組でした。

たけしさんの証言によれば、
『ドリフは入念にリハーサルされたコントを生で見せるもの。』だったので
『オレたちは真逆をやった。コントのほとんどはアドリブだった。』そうです。

そこでさんまさんの絶妙に繰り出されるアドリブに対し、
本来は『ボケ』であったはずのたけしさんが
『バカヤロウ!』と『ツッコミ』に回るしかなかったワケです。

さんまさんもすごいですが、
それを瞬時に『ツッコミ』に切り替わって
笑いを完成させたたけしさんもすごいですね。

そのたけしさんも負けを認めた『お笑いモンスター』のさんまさんと
11年半もアドリブトークを続けた人がいます。

そう。タモリさんです。
タモリさんの『笑っていいとも』でこの二人は
「タモリ・さんまの雑談コーナー」
→「タモリ・さんまの日本一の最低男」
→「タモリ・さんまの日本一のサイテー男」
→「さんま・タモリの喋っちゃいまホー」
→「さんま・タモリの笑いごっちゃおまへんで」
→「続・笑いごっちゃおまへんで」
→「さんま・タモリのおいしいんだかだぁ〜!!」
→「タモリ・さんまのんなアホな!」
→「タモリ・さんまのなんちゅうこというの!」
→「タモリ・さんまの狼がきたぞ〜!」
→「タモリ・さんまの日本一のホラ吹き野郎!」
→「タモリ・さんまの何はともあれ」
→「タモリ・さんまのもう大人なんだから」
→「タモリ・さんまのもう大人なんだからネ」
→「タモリ・さんまのもっともっとしゃべらせてよ!!」
とコーナータイトルを変えながらも11年半も
アドリブトークを続けていました。

このコーナーは全くの雑談のような内容で、
タモリさんの『最近どぉ?』などという
『仕込みネタゼロ』のところから始まる即興です。

たけしさんをツッコミに回らせたボケのファンタジスタ、
さんまさんに対してタモリさんは
『髪切った?』とか『オシャレなシャツだね』とか
『疲れてない?』といういかにも日常の雑談的な
ネタを『フリ』ます。

この『当たり前な日常』の『フリ』を
さんまさんが話を盛りに盛って、非日常の『ボケ』にまで発展させ、
タモリさんが『んなワケない。』と『ツッコミ』を入れて
日常に下げる(オチをつける)のか?

これがこのトークの見所だったわけです。
二人の日常ネタのよるコール&レスポンスでオチにいたるので
まるでブルースのようです。

そういう意味で私は
さんまさんとタモリさんのトークを
ブルースセッションを聴くような気持ちで
ワクワク見ていたように思います。

このようにお笑いのスタイルは時代と共に、
ガッチリ台本通りのコント(ドリフ)から
ゆるい台本からのアドリブコント(ひょうきん族)に移行し、
オールアドリブのフリートーク(いいとも)で
頂点を極めたように思えますが、
ダウンタウンはこのスタイルにさらに『縛り』を加えます。

そうです。『ガキの使い』のハガキによるフリートークです。
ここでは、いいともでタモリさんがやっていた『フリ』が、
視聴者ハガキからの『無茶ブリ』へとハードルが上がります。
『上がった』分だけ『下げ(オチ)』への落差があり、
笑いも大きくなるのですが、リスクも当然高くなります。

制約されたフリなので毎回が大喜利のようです。
この『ガキ使い』のトークは
いいともの生のフリートークと、
昭和の爆笑王萩本欽一さんが『欽ドン!』で用いた
『視聴者からのハガキ』からのアドリブコントの手法をミックスしたスタイルです。
アドリブコントはダウンタウンはすでに『ごっつ』で実験済みでしたので
『視聴者からのハガキ』からのアドリブトークにしたのでしょう。

毎回、視聴者ハガキからは
『昔、松本さんは全速力の新幹線に飛び乗ったと聞きましたが~』
というようなありえない『フリ』があるのですが、
松本氏はその『非日常』の縛り(緊張)をそのまま受け入れ、
さもそれが『日常(既知)』であるかのように振舞いつつ、
いつの間にか、聴く人をカフカのような『非日常』の世界へと誘い、
そこでもう1つ、エピソードや山場を作って、緊張を高め、
浜田氏のツッコミによって一気に『日常』へと『オチ』るという
高度な手法を常に成し遂げていました。

この、日常→非日常→日常が
緩和→緊張→緩和という『笑い』のメカニズムなのですが、
私はこれがジャズの演奏に似ているように思います。

ジャズの演奏は通常、
テーマ→アドリブ→テーマというフォーマットで演奏されます。
テーマはスタンダードであれば既知です。
アドリブは未知です。
既知→未知→既知。

お笑いもジャズも
日常から非日常への冒険、転換で
未知によるドキドキワクワク感、緊張感が高まり、
最終的にテーマ(日常、既知)への回帰の安堵感へと
解決する現象です。


いいとものさんまさんとタモリさんのフリートークが
ブルースセッションだとすると、
ダウンタウンのフリートークは
無茶ブリジャムセッションかもしれません。
なのでダウンタウンの方がリスクが高い分だけ
ドキドキ、ハラハラとスリルがあるのです。

松本氏がフリートークのスキルを磨くために
毎日欠かさず『落語』を聴くと言っておりました。
体に笑いのフォーマットを叩き込んでいるのだと思います。

ジャズプレイヤーもジャズの名演だけでなく、
クラシック音楽や映画や、演劇にも触れるべきだと
痛感しております。






私自身は小学校1年生の時にちょうど
『ブロック崩し』や『インベーダーゲーム』が流行った
いわゆる『ファミコン世代』ですが、
あいにく母子家庭の一人息子と言う状況では
到底『ファミコン』など買ってもらえるはずもなく、
ファミコンと言えば、お金持ちの友達の家に行っては
気を使って遠慮しながらちょっとだけ楽しませてもらうという
ちょっぴりほろ苦い記憶でございます(笑)。

最近はDSやら何やら(よく知らない)
子供の頃からゲームに親しんでいるのは
当たり前で、生徒さんにレッスンをしていても
『何か攻略法ないっすか?』とよく質問されます。
そんな時に『ゲーム脳だなぁ』と感じたりします。

アドリブと言うのは
『残酷なほどの自由』
を与えられる状況に身をさらす行為です。
『何をやっても自由ですが結果は自己責任』なのです。

自分の脳内ではチャーリー・パーカーや
ソニー・ロリンズ宜しくカッコイイプレイをしていると
思っていても周りの反応はそれほどよろしくなかったり…
というのが現実だったりします。

『自由を与えられて何をするべきか?』
何やら哲学的な命題を突きつけられるのが
ジャズのアドリブです。

話を『ゲーム脳』に戻します。
アドリブと言ってもその内容の評価には
ある程度の基準が存在するわけで
批判を恐れずはっきり言えば
『雑音(ノイズ)』と『音楽』に分かれます。
ストラヴィンスキー曰く、
『音楽とは音程をコントロールする事』
これに横軸にあたる『リズム』を加えて
『音をコントロールする事』と捉えれば
ある秩序(ルール)によって音を
アレンジメントする事と言えるでしょう。
我々の子供の頃のゲームは
『ブロックをただ崩すだけ』とか
『インベーダーをただ撃つだけ』という
単純でテクニックさえ訓練すればよいものが多かったのです。

しかし最近のゲームはそれらの要素に加え
『隠れアイテム』や『ウラ技』など設定が細かいですね。
私の時代の『ゲーム脳』と今のそれとでは
『質が違う』のです。
そういう意味で最近の『ゲーム脳』の方が複雑で
ジャズのアドリブを学ぶには適しているように思います。
若い世代は『どのうに攻略するか?』に熱中します。

昨今『AI時代』の到来と言われ、
世の中がどう変わるのか?とか
どんな職業が無くなるのか?とか
どのような人間が生き残るのか?
などと論議が盛んになっております。

東京都初の民間人校長として話題となった
藤原和博氏によると
これまでの成長社会では『情報処理力』が重要であったが
これからの成熟社会では『情報編集力』が重要になる。
ということです。

つまり、答えが決まっている問題の解決は
決まっている正解を当てる力です。

答えの決まっていない問題の解決は
納得解を導き出す力と言えるでしょう。

ジャズのアドリブに決まった正解はありません。
暗記しているツーファイブフレーズも正解ですし、
突拍子も無いヘンチクリンなフレーズも正解かもしれません。

ただそのヘンチクリンなフレーズはデタラメであれば、
音楽の流れはおかしなことになるでしょう。
コードやリズムなどの情報を踏まえた上で
常識の範囲ギリギリのヘンチクリンであれば、
人によっては『超クール!』となるかもしれません。

Bebopの時代には数々の正解フレーズが発明されました。
今は当時の人からすると『ヘンチクリン』なフレーズを
プレイする人は沢山居ます。
ジャズマンは『ヘンチクリン』が大好きなのでしょう。
ゲームの攻略で言えば
バグを利用した『裏ワザ』や『隠しアイテム』でしょうか。

『ゲーム脳』と言ってもゲーム自体の複雑化、進化によって
単純な情報処理能力だけでは攻略できないように変化してきています。
複雑な設定やオンラインのチームプレイなどでは
情報編集能力も必要となってきているでしょう。

今、電車の中で隣のサラリーマンがスマホでゲームに興じています。
ジャズのアドリブの方がよっぽど面白いのに!
と思いながら、このブログを書いています。




                                                             


 

以前から『お笑い』と『音楽』については
このブログの中でちょいちょい触れてきてはいるのですが、
今日はちゃんとテーマとして取り上げて書いてみたいと思います。

まず『お笑い』ですが、今、テレビを見ると『お笑い番組』というのは
『バラエティ番組』という『幕の内弁当』みたいなものが主流のような気がします。

所謂、『ネタ番組』と言うのは昔から比べると減少したのかもしれません。
今は『お笑い芸人』をキャスティングして、フリートークして
人を笑わせるのが『お笑い芸人』の芸だ
と思っている人も多いかもしれませんね。

彼らは元来劇場や寄席出身の『ネタ芸人』でした。
日々ライブで観客を前に『仕込んだネタ』を披露し、
厳しい洗礼を受けながらのし上がってきた人たちです。

彼らがM-1、R-1で輝かしい成績を残せば
その後、TVの仕事が一時は増えたりします。

しかしグランプリを獲ったにもかかわらず、
TVでは見かけなくなってしまった芸人さんたちもたくさんいます。

TVに出ていないと『売れなくなった』と錯覚してしまいますが、
彼らの中には劇場や寄席という現場で
いまだに大爆笑を取っている人たちも少なくないのです。

マーケットとコンテンツの違いです。

昔、私が尊敬してやまない『タモリ』さんがこんなことを言いました。

『TVは素人が出るものだよ。』

アングラな宴会芸でお笑いの世界に入ったタモリさんならではの
コメントです。

吉本のルミネや寄席と違って、TVという媒体は
寝転がりながら
食べたり飲んだりしながら
スマホをいじりながら
見れますし、
途中でチャンネルを変えることもできます。
NHKでなければお金を払う必要もありません。


何年も修行を積んだお笑いの芸を楽しむならば
入場料を払って楽しむべきでしょう。
劇場や寄席は修行や鍛錬の結果得られた『お笑い職人のスキル』や
『伝統芸能』というコンテンツを楽しむマーケットなのです。

ですから落語のように『同じネタ』でも構わないのです。
内容(情報)でなく『芸』を楽しんでいるのですから。
言い換えれば『何を』でなく『どのように』が重要、価値となります。

『「芝浜」は談志が最高!』などと言うのも演じ方、ニュアンスの違いで
評価されているわけです。


『古典落語』の『古典』を英語に訳すと『クラシック』です。

クラシック音楽も同様、楽譜は一緒で奏者(指揮者も含む)の違いを聴いて楽しむ、
つまりこれも職人芸です。

タモリさんが
『TVは素人が出るものだよ』
と言ったり
『私の芸なんざ素人の宴会芸だよ』
と言ったのは
そういう伝統芸と自分の芸は種類が違うのだと言う事と
『TVは伝統芸のようなコンテンツのマーケットではなくなる』
という事を意味していたのです。

今、TVと言うマーケットでお笑い芸人として戦っていく為には、
『フリートークでのアドリブで笑いを取る』スキルがなくては
『おもんない』としてお声がかからなくなってしまいます。
劇場や寄席の下積み時代で獲得したお笑いのノウハウを
練習なしのアドリブで応用し、活用していかなければなりません。

昔の芸人はクラシック奏者のように本番まで練習し、
それを舞台で上手に表現すればお金がもらえました。


でも今のTV芸人はお笑いのノウハウを
TV画面の中で、他の出演者とコミュニケーションしながら
即興で反応し、流れを作り、パスを回し、トスを上げ、
見事に『オチ』を決めるスキルがいるのです。

まるでジャズミュージシャンのようです。

実は私がタモリさんを尊敬している理由はそこです。

『笑っていいとも』でタレント、芸人、ゲストなど
様々なキャストに進行を任せて、タモリさん本人は一歩引いて自然体。

流れが危なくなったり、マンネリに傾きそうになると全く脈絡と関係ない
『あれ?最近太った?』とか
『その髪型おかしくない?』などのコメントをぶち込んで場の空気を換えてしまう。
まるで、エレクトリック時代のマイルスのキーボードプレイのようです。
定石を嫌い、ハプニングを好むスピリットです。

現在のフリートークお笑い芸人の中でのNo.1は異論無しに
ダウンタウンの松本人志さんでしょう。

彼は若い頃、紳助・竜介を始め多くの芸人のネタを研究したそうです。
そんな即興お笑いモンスターの松本氏は
今でも欠かさず、毎日落語を聴いているそうです。

それが桂枝雀さんと立川志の輔さんだそうです。

ここからは私の勝手な想像ですが、
毎日欠かさず聴くと言う事は分析もさることながら、
体にしみこませているのではないでしょうか?
それは話の流れの『型』であるかもしれないし、
演者独特の『イントネーション』や『間』なのかもしれません。

レベルも質も違いすぎる話ですが、私も学生の頃、
アドリブのマスターのノウハウが全く解らず、
ただひたすらソニー・ロリンズのソロをコピーし、
『音源と同時にシンクロさせてプレイする』という
謎の練習をしていました(笑)。

全く理論的根拠も裏付けもない『おまじない』のような練習ですが、
いくつか得たことはあります。

ニュアンスやイントネーションをまねる事は当然ですが、
シンクロすることにより大きく影響を受けたのは
『間』を含めた『テンション』と『リリース』です。
これは松本氏も『笑い』の生まれる瞬間として言っています。

私はロリンズのソロを『なりきってプレイする』ことで
彼のソロに流れる『テンション』と『リリース』のパルスを感じるようになりました。
そして『名演』とされるソロには必ず『テンション』と『リリース』の
心地よい繰り返しが存在する事が解ったのです。

もしかしたら松本人志氏も枝雀と志の輔を聴きながら
一流の話芸のエッセンスを肌で吸収し、
同じようなパルスを感じているのかもしれないですね。

話をコンテンツとマーケットに戻します。
TVのお笑いがネタ番組からフリートークバラエティに移り変わって行きました。
職人芸(どのように演じるか)を見るよりも、
職人のアドリブ(何を表現するか)が見たいのです。しかもタダで。

フレンチシェフの自慢の定番コース料理よりも
そのシェフの作るチャチャっと作る『賄い飯』に興味があるのかもしれない。
匠の細かいディテールの機微よりも
『発想や視点の意外性』を好むのでしょう。
情報過多は刺激がエスカレートするものです。

しかしそうはいっても一定数の落語ファンや寄席、演芸場ファンと言うものは
クラシックファン同様いるもので、その範囲のマーケットであれば問題ないのでしょう。
昔の『夏のジャズフェス』がそもそもバブルで異常だったのかもしれませんね。

今ジャズライブハウスがプロミュージシャンのライブだけでは厳しくなり、
素人のジャムセッションで収益を得ているというのは面白い現象です。

この場合、刺激がエスカレートしているのではなく、
承認欲求や自分発信ブームかもしれません。
もしくはコミュニティー帰属欲求でしょうか?

これはまた改めて考えてみたいテーマです。

話は変わって、
TVで『フリートークお笑い芸人』の頂点に君臨する松本人志さんが
TVのライバルであるインターネットで製作した
ドキュメント形式のお笑い番組がすごいと話題です。
私は別にこれをアフィリエイトしているわけでもなんでもないが、
とうとう『お笑い職人のアドリブ芸』をTVでタダでなく、
ネットで『お金を払って』見る時代が来たのです。

お笑いの世界がやっと『ジャズ』に追いついたのです。




                                                             


 

『絶対音感』
レッスンをしていてよく質問されるのがこの
『絶対音感』です。

『絶対音感』とはある音を聴いたときに、
その音の高さを記憶に基づいて
絶対的に認識する能力のことですが、
 
驚愕の絶対音感動画↓
 

楽器やジャズのアドリブをやる上において
この『絶対音感』が必要ですか?
とよく質問されるのです。

私の個人的な意見としては
『そんなものは要りません、有ったら邪魔かもしれません。』
と答えております。
なぜならば、そもそもサックスは移調楽器ですので
『ド』といっても実際は
『シ♭』だったり
『ミ♭』だったりしますので
実際の音名(実音)と記譜のギャップがいちいち
面倒くさいのではないかと思われます。
以前、実際に『絶対音感』の持ち主をレッスンした事が
何度かあったのですが皆さんもれなく混乱しておりました。

私自身はアルト(E♭)もテナー(B♭)もプレイしますので
E♭とB♭の『相対音感』を持っております。

以前、アルトばかりプレイしていたら
テナーの相対音感が鈍ってしまった事もありました。
ですので『継続的に使う事』が音感にとって大事なのだと思います。

またアドリブと言う点で考えると『相対音感』によって
『Any key』つまり、どんなキーでもその中でも
『Tonal gravity』(調性重力)を感じ取る事によって時に
めまぐるしく変化するドミナントモーションを意識できる
と思うのです。

『Tonal gravity』とは『Tonal center』に対する引力です。
ここではその詳しい解説は略しますが、
ある音がその調(key)のどのような位置にいるか?
という座標のようなものです。
太陽系において地球がどのような位置にあるか?
という感じですね。

私は以前(脳卒中になる以前)全く感覚的にアドリブをやっておりました。
勿論、理論やコピーも学びましたが、いざプレイするときは
『すべて忘れろ』です。

世代的に『マイケル・ブレッカー』の影響をモロに受けておりましたので
調子に乗ると『アウトする癖』も勿論付いておりました。
地球や火星にいたと思ったら冥王星や太陽系以外の場所へワープ!
なんて事もやっておりました。

スターウォーズのミレニアムファルコン号にでも乗っている気分でした。
残念ながら今はそんなリスクの高い、無責任な運転はできませんが(笑)

…重力圏を逸脱したので話を『絶対音感』に戻します。
たとえ『絶対音感』があっても、適時、『Tonal center』も
平行移動できればいいのかもしれません。

『絶対音感』を持っていない私はそれが可能なのか解りませんが。
音楽も人間社会も大事なのは『多様性』なのかもしれません。

Cという世界におけるFと
B♭という世界におけるFは
同じFでも違う役割、個性を持っているということですね。

ただし、このゲームをやる時だけは
『絶対音感』が欲しい!と私は切望いたしました。
 



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カルチャーの語源は『農業、農耕』を意味する『agriculture』ですが、
人類が狩猟生活から『農耕生活』というステージに移った事が
『文化的』進歩、進化である。ということなのでしょう。

さて、狩猟にも多少、想像力は必要ですが、
本能なので脳幹と小脳で事足りるわけです。

それが農業となると、何か月もしくは1年先の
作物の取れ高を計算して作業するわけです。
今、現実に無いものを想定し、臨場感を感じながら
より効率的に成果を得られるよう工夫する。
 
まさに未来の為の現在を選択しゆくという
非常に抽象度の高いことを人類はやるようになったわけです。
 
そのおかげか脳は大脳辺縁系や前頭前野が発達し、
脳は感覚や計算、感情、言語、運動、想像性、創造性など
多岐にわたる物事を処理するようになりました。
 
そして、それらにネットワークを張りめぐらせ、
統括し、コントロールする機能が発達したのです。
それが『意識』です。
10年ほど前まで『心』と呼ばれていたものです。
 
高等な動物にはある程度の意識があると言われておりますが、
人間ほど高い意識を持った動物は地球上にいないと思われます。

話を『culture』に戻します。
人間は狩猟生活だけでもある程度は生きておりました。
しかし、農耕生活に切り替えた人類が生き残ったのです。
文化は人間性の発露です。

現代を生きる我々にとって音楽や美術、演劇などの芸術は
必ずしも生活に不可欠ではありません。
 
狩猟だけでも生きていけたように、
芸術無しでも生きていけるのです。
 
私は音楽を生業にしていますが、
1か月間、音楽と無縁に生きている人なんてザラにいると思います。

今日、私がプロモートする大野俊三のコンサートの
ポスターとチラシを持って宣伝活動に行ってきました。
 
商店街を歩きポスターの掲示やチラシ置いてもらえるよう
お願いするのです。

反応はその町やお店によって様々です。
 
『お、音楽かい?誰だい?へぇージャズか、いいよ好きな所に貼ってきな。』
 
『?知らねぇな。ダメダメそういうの貼らないんだよ。』
 
そのお店の方がたまたま音楽が好きだったりすると
貼ってくれたりしますが中々難しいものです。
 
でも以前に断られた所にまたお邪魔して、
信頼関係を築けるようになれば
貼ってくれたりすることもあります。
地道ですが、嬉しいものです。

何年か前にこんなことがありました。
 
私がある商店街のお店を一軒一軒お願いして回っていた時に、
 
『私は音楽なんか聞かないよ。ダメダメ悪いね、帰ってくれる』
とすぐに断られました。

『こんな人にこそ音楽の素晴らしさを解ってほしい』
そう思って私はそこで粘りました。
私は若いころ営業をやっていたのです(笑)

『あら、音楽を聴かないなんてもったいない、
せっかくですからこの機会に一流を聴いてください』
 
そう言って私はチケットに赤ペンで『ご招待』と書いて
その婦人に渡しました。

結局、ポスターはダメでチラシだけ受け取って貰いましたが
そのチラシは私の自作で大野氏の波乱万丈の人生が
びっしり書いてありました。
 
『これだけでも読んでほしい』
 
そう思って渡したのでした。

そのコンサートが終わって、出口でお客様をお見送りしている時に
小奇麗におしゃれをしたご婦人がロビーから私に手を振っておりました。
 
招待券を渡したご婦人でした。
お店ではエプロン姿だったので私はすぐに気付かなかったのです。
 
『ちょっと~、生まれて初めてコンサートなんて来たけどすごいじゃないよ
私、興奮しちゃったわ、今でもドキドキして何かとても元気になったわ』

ご婦人は目をキラキラさせて私の手を握って離しません。
 
『もっと早くにこういうの来ておけばよかったわ。
死ぬ前にあと何回来れるかしら』
 
『何度でも来てください』
 
『お兄さん、また教えてね』
 
『はい、必ずお誘いします。』

音楽のプロモートというのは荒れ果てた人の心を
『耕す』仕事です。



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